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成勉ブログ

独学でどこまで頭がよくなれるか、成金ならぬ成勉(成り上がりで勉強できる奴)を目指します)

死後の世界がないとしたら…について考えてみた。

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どうも!嵯架瀬(さかせ)です!あっ!名前変えました!

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その話題は後日触れるとして、最近ふと思った話をします。

「死後の世界」についてです。
みんなあまり意識しなくても「あの世」とか「前世」とか「生まれ変わり」とか信じてるじゃないですか。
もし、信じてないとしても当たり前のように世間で認知はされていますよね。

 

でも!もし、「死後の世界」がなかったとしたら、
厳密に言うと「あの世」も「前世」も「輪廻転生」みたいな死にまつわる概念がないとしたら、僕らの生き方というのも少し変わるんじゃないでしょうか。

 

「死んだら何もないよ」という考えにギョッとする人もいるかもしれませんが(僕もそうでした)、興味あったら以下も読んでみてください。

死後の世界がない=もったいなくない

もしかしたら死後の世界がないのなら、「現世で何をしても無駄」と思う人もいるかもしれません。
よほど世の中に貢献した人でない限り、人々に忘れられない存在になるのは難しいものです。
だとしたら今生きていて取り組んでいることは無駄か?

 

この疑問は、そもそも
「だれが無駄だと思うの?」
ということに答えることで解決できます。

「生きている間、色々な事をした、しかし、死んだら何も残らなかった。」
こう考えるのは誰ですか?
死後の世界がないのなら、死んだ以上、思考する自分の言うものはどこの次元にもいなくなります。
過去を振り返ることも、それを後悔する自分もいません。
生きている知り合いなら「死んでしまってもったいない」と思うかもしれませんが、死んだ自分はそうは思いません。死んでいるのだから。

つまり、「生きて色々なことをやったけど無駄だった」と思う自分は生きていても死んでいてもどこにも存在しないわけです。
存在しないものを意識して不安がったり無気力になるのは馬鹿げています。

 

たとえ一億円手に入れた自分が使う間もなく明日死んだとしても、「もったいない」と残念がる自分はいないのです。

 

そうであれば、存在しない死後の自分の後悔に惑わされず、今生きている中でやりたいことをやればいいのではないでしょうか。

現世でやることはもしかしたら無駄かもしれないけど、それを悔やむ自分はどこにもいないよ、というのが冒頭の答えです。

執着がなくなる

釈迦も言ってたことですが、「永遠というものは存在しない」。
これを生と死という概念で実感することでどうなるでしょう。

生というものに対して執着がなくなります。
すると、逆説的に活き活きと生きられるようになります。

死後の世界も永久不滅の魂もないんですから、今できることをやらずにいてどうするんだ?という話になります。


人というのは、将来の事を不安がることで前に進めなくなるものです。
死後の世界がないのなら、そんな不安もなくやりたいようにやる事が出来ます。
「やりたいように」というと、犯罪なんかもやる人が出てきそうですが、現世で生きる以上、罰を受けるので、「せっかく生きてるのに何やってんの」という話で片付きます。

 

不滅の魂のためにおかしなことをするくらいなら、今肉体を持った自分のためになることをした方がよっぽど有意義です。

黒歴史はだれも思い出さない

輪廻転生があって前世があって、記憶がどこかしらに受け継がれているのなら、冷静に考えると大変なことです。


だれも自分の嫌な過去、消したい過去、黒歴史を忘れてはくれないのです。

 

現代でも、前世の記憶を呼び覚まそうとする人たちはいますね。
もし、未来で本当に前世の記憶が思い出せるようになったらどうなりますか?

 

知らない人「よう!俺は前世でお前に殺されたものだ」
僕「誰だよ」
知らない人「前世であんなことをしたのに、現世でのうのうと生きやがって!」
「殺してやる!」
僕「あっ!お前あの時の!」
グサッ

 

こんな未来イヤですよねw
殺しの因果みたいなものはもしかしたらあの世で解消されるのかもしれないでしょうが、もっと些細な
「電車でゲロ吐いた」「好きなあの子にフラれた」「中二病だったころの黒歴史の数々」...

これが未来永劫、魂と一緒に記録されるなんてたまったもんじゃないです。
ネットに書き込んだ情報は消せない、どころの話じゃないですよ。
ずっと誰かに覚えられて、地球に逃げ場がなくなってしまいます。

 

それならいっそ、現世で全力で生きて、恥もいっぱいかいて、死んだらきれいさっぱりみんな忘れる。ぐらいの方がいいですよね。

ということで、

死後の世界がないのであれば、人間はただ「生きて」「死ぬ」だけになります。
死んでしまったら考えることもできなくなるので、自分の人生を振り返ることもありません。
そういったことは生きてる間しかできない。

 

こう書いていくと、頑張り尽くしの息のつまる毎日を送らないといけない気がしてきますが、別に毎日を遊びほうけて死んでもかまわないのです。
「俺の人生遊びすぎ!」なんて思う死後の自分はいません。
じいさんばあさんになって後悔するかもしれませんがw
それでも死ねば後悔がなくなるのだから、余生を満喫すればいいことでしょう。

 

「死」という重いテーマについて話し、しかも「死後の世界はないよ」なんて主張押しましたが、僕はこの考えでも良いと思えます。
未来永劫の魂の欠点なんてのも見つかりましたし。

 

そういうわけで、死ぬことについて不安がるのはやめて、今を自分の思うように生きてください。
その方が命を大切にしていることにもつながるし、結果、あの世があったとしても精一杯生きていれば不都合は働かないでしょう。

 

今日は少し不思議な話でしたが、面白い話だと思いました。
みなさん!くれぐれもスピリチュアル詐欺師には引っかからないでくださいね!

ではでは!